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青山ちはる

あおやまちはる

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青山 ちはる(あおやま ちはる、1967年 - )は、日本のAV女優。1980年代末から1990年代にかけて活動した。デビュー時の芸名は松下 ルミ。 公称生年月日は1970年4月19日、1971年4月19日、1975年5月7日など複数あるが、結婚時にマスコミに1967年生まれと報道されたことから、1967年生まれが正しいと考えられている。 略歴 九州出身。高校中退後上京、美容師など職を転々としているうちに渋谷でスカウトされ、1989年9月、松下ルミとして、『ルミのもっこり秘丘』(クリスタル映像)でAVデビュー。1990年初頭に青山ちはるに改名した。 デビュー時は今ひとつ垢抜けない感じであったが、髪型をストレートのロングヘアに変え、イメージチェンジした頃から微乳の美少女系AVアイドルとして人気が出る。コメディエンヌ風の演技が出来る明るいキャラクターで、テレビにも進出、セクシータレントとして活躍した。ソフトなイメージとは裏腹に、AVでは本番作品にも出演したことがある。 1992年1月、タレントで振り付け師のラッキィ池田と結婚しAVを引退したが、同年12月には別居状態となり、1993年5月にラッキィ池田が記者会見で破局を公表。しかし会見で「浪費癖のある青山と、実母との間で板ばさみになった」と放言した池田に青山が猛反発、池田の浮気、池田の母の溺愛によるマザコンぶりなどを女性誌で公表するなど泥沼の言い争いになり、同年11月になってようやく離婚が成立した。この間の同年8月、青山はAVに再デビュー、『ラッキーはアンラッキー 池田家の人々』、『振り付け師よりサオ師がお好き』といった池田へのあてつけのようなタイトルの出演作を残している。 『アサヒ芸能』1998年6月11日号の本人談によれば、1993年末にAVを引退したあとは、キャバクラ、スナック、麻雀店など職を転々とし、1998年には覚醒剤にからむスキャンダルを起こす。また写真誌『FLASH』(2000年11月28日号)で、半同棲していたプロレスラー・村上一成(現・村上和成)に貸した金を踏み倒されたと告発、『噂の眞相』(2001年7月号)で性風俗ルポライターと結婚の約束を取り付けながら逃げられたことを公表するなど、スキャンダルタレントとして話題を振りまいた。 作品 アダルトビデオ(オリジナル作品) 松下ルミ(るみ)名義 1989年 ルミのもっこり秘丘 Twilight Zone (9月7日、クリスタル映像) デラべっぴん増刊 ビンタ 2 中村由貴 松下ルミ 吉沢真由美 ほか(10月10日、英知出版) 口内発射スペシャル 飲み込みのいい女 (11月4日、VIP) すごいのかけて!! 花びら天使 (11月27日、ジューシー・プロデュース) 宇宙企画のSUPER LINGERIE 5 (12月10日…

出典:Wikipedia「青山ちはる」(執筆者・編集履歴)。記事の一部をプレーンテキストで抜粋。本文はCC BY-SA 4.0に基づきます。